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山口地方裁判所岩国支部 昭和32年(ワ)100号 判決 1960年3月16日

原告 国

訴訟代理人 加藤宏 外三名

被告 三浦一二三

主文

訴外三浦木材株式会社が昭和二十九年十月一日から同三十一年十一月二十一日までの間において被告に対してなした金三百十七万三千九百八十三円の弁済行為を金二百四十万三千五百八十三円の範囲において取消す。

被告は原告に対し金二百四十万三千五百八十三円と之に対する昭和三十一年十一月二十二日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求めその請求原因として

一、原告は訴外三浦木材株式会社(以下訴外会社という)に対し租税債権を有し同会社は之を滞納しているが、昭和三十一年十一月二十一日現在におけるその種類及び額は別表(三)記載の通りである。

ところで訴外会社は昭和二十九年十月一日以降同三十一年十一月二十一日迄の間において、被告に対し未払金弁済名義で金百九十三万五千八百五十五円借入金弁済名義で金百二十三万八千百二十八円合計金三百十七万三千九百八十三円の額の支払(以下本件弁済という)をしているが右は前記国税の滞納処分を執行するに当り財産の差押を免れるため訴外会社が故意にその財産を譲渡したものであるから国税徴収法第十五条により前記滞納税額の範囲内で右弁済行為の取消を求め、且つ被告は右弁済を受領したことにより原告に対し右滞納税額相当の損害を与えているからその賠償として被告に対し右金額相当の金員の支払を求める。

二、本件弁済行為をなすにつき訴外会社に詐害の意思があつたことは以下述べるところにより明かである。即ち

1  昭和二十七年八月一日から同二十九年三月三十一日に至る間の各事業年度において訴外会社が滞納した国税中昭和二十九年九月三十日現在において具体的に確定していた(法人税については既に確定もしくは中間申告をなし、又は更正の通知を受けた)税額は別表(一)記載の通り金百十三万九千二百十円であり、抽象的に確定していた(法人については当時いまだ更正又は再更正の通知を受けていないが後に至つて右の通知を受けたもの)税額は別表(二)記載の通り金百四十一万七千三百八十円であるからその合計金二百五十五万六千五百九十円の額の租税債権の存在を昭和二十九年九月三十日当時訴外会社においては当然覚知もしくは予知していたこととなる。

2  昭和二十九年九月三十日現在の訴外会社の資産内容は同会社の貸借対照表によれば余剰財産として僅かに八十四万六千五百八十九円を残すに過ぎない。

右各事実を綜合すれば訴外会社においてもし本件弁済行為をなすときは租税債権の担保たるべき一般財産の減少を来し差押を免れるに至るべきことを同会社は昭和二十九年九月三十日当時知つていたことになるから之を知りつつなした右弁済行為が詐害行為となること論を俟たない。

なおこの点に関し被告は昭和二十九年九月三十日当時原告が差押えていた訴外会社所有の車輌及び備品の価格と租税債権額とを対比して詐害の意思がなかつたことの根拠としているが、原告が差押えて公売したのはニツサントラツク一台だけでその公売価格は金四十万円であり、又当時差押えていた備品の帳簿価格は三万九千三百八十四円に過ぎなかつたのであるから、右差押により前記額に上る租税債権の徴収が確保される筈がない。更に被告は更正又は再更正の通知を受けるまでは右更正又は再更正により決定した追徴額につき詐害の意思が成立する余地なしとしその前提の下に本件弁済行為の日を明示する必要があると主張する。しかし租税債権は当該事業年度開始の時から課税要件を充足する都度時々刻々発生するものであつて、更正又は再更正の通知により発生するものでないこというまでもないから、右弁済行為の日が更正又は再更正の通知のあつた日の前であるか後であるかは詐害の意思の存否に影響を及ぼすものではない。

三、訴外会社が原告主張の期間に本件弁済行為をしたことは次の事情により明かである。即ち

1  同会社が昭和二十九年四月一日から同三十年三月三十日迄の間の事業年度の中間申告書に添付した決算申告書には昭和二十九年九月三十日現在同会社が被告に対し負担する債務として一、記載の額の未払金及び借入金の記載があること

2  被告は訴外会社の代表取締役であるが、収税官吏に対し本件弁済行為のあつた旨自陳したこと

3  右決算申告書によれば昭和二十九年九月三十日現在の訴外会社の余剰財産は二、2記載の通り八十四万六千五百八十九円となつているのに現在既に右財産を全部喪失していること

なおこの点に関し被告は右決算申告書が真実に符合しない旨主張するけれども、営利を目的とする訴外会社が税務当局に対しことさら欠損を過少に申告して自ら不利を招くような愚かなことをする筈がないし現に右決算書に棚卸資産として記載された各山林は山林台帳により或いは国税局の調査によりその訴外会社に属することを確認したものばかりある。而して被告は昭和二十九年九月三十日現在において前記被告の訴外会社に対する債権は既に弁済されていたと主張するけれども甲第三、七、八号証によれば右債権の内未払金は第一期事業年度(自昭和二十七年八月一日至昭和二十八年七月三十一日)に発生したものが第三期事業年度(自昭和二十九年四月一日至昭和三十年三月三十一日)まで繰越されており借入金は第一期事業年度に金五十九万八千百二十八円の額であつたものが第二期事業年度(自昭和二十八年八月一日至昭和二十九年三月三十一日)には金百四十三万八千百二十八円の額に増加し第三期事業年度において内金二十万円の弁済を受けたように記載されてあるのみで他に弁済の事実の記載がないのであるから被告の右主張は根拠がない

と陳べ被告の善意譲受の抗弁を否認した。

立証<省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め

答弁として

原告主張事実中訴外会社の滞納額の点は不知、その余を否認する。その間の事情を詳述すれば次の通りである。

一、被告は訴外会社から本件弁済を受けた事実はない。即ち原告は被告が訴外会社に対し原告主張の債権を有していたことの根拠として昭和二十九年四月一日から同三十年三月三十一日の事業年度の中間申告書に添付された決算申告書を挙げるけれども右決算書は当時の訴外会社の真実の資産状態を反映したものではない。その次第は訴外会社は右事業年度において木材の暴落により多大の欠損を出したのであるがその事業をそのまま記載しても前事業年度の確定申告につき更正を受けたことがある事実に鑑み、到底そのまま税務署の承認を得る見込がないと考えたので決算書の上で右欠損を寡少に表示し以て税務署の承認を得んがため次のような作為をした。即ち右決算書中棚卸資産として記載されてある訴外会社所有山林中藤田山を除く各山林は訴外会社が被告から借り受けた金で、又は被告が同会社のため代金を立替支払つて買受けたものであるが、右により生じた被告の同会社に対する債権は右各山林から木材を生産販売する都度その代金中から被告に弁済し来り昭和二十九年九月三十日当時においては既完済していたのであるが、決算書の上では前記事情により欠損を寡少に表示すべく右各山林がなお訴外会社の所有に属する如く記載したためそれに対応して被告の訴外会社に対する原告主張の額の債権がなお残存している如く記載せざるを得なかつたのである。右事実によれば昭和二十九年九月三十日当時被告は訴外会社に対し右債権を有せず、従つてその後に至つて右債権につき本件弁済を受けることはあり得ない。

二、かりに本件弁済があつたとしてもそれは国税徴収法第十五条所定の詐害行為に当らない。その訳は財産の譲渡行為が右詐害行為となるためには財産の差押を免れるための故意あることを要するのであるが、昭和二十九年九月三十日当時訴外会社が知つていた租税債権の額は金六十五万九千百四十円に過ぎず而も当時原告は右債権を確保するため前記決算書上その価格を百六十三万五千九百六十円と評価された車輌と、九万二千八十八円と評価された備品(その時価合計金六十万円)とを差押えていたのであるから、訴外会社の知る限りその租税債権は殆どすべて徴収を確保されていたことになるのである。従つて昭和二十八年八月一日から同二十九年三月三十一日迄の間の事業年度の確定申告に対する更正及び再更正の通知がなされた後ならばともかくそれまでは訴外会社としては被告に対し債務を弁済したからといつて租税の徴収を阻害することになるなどとは考えも及ばぬところである。故に本件弁済が詐害行為となるためにはそれが右通知以後になされたことを要するのに原告は比の点に関し何らの主張及び立証をしない。されば本件弁済が詐為行為に当るとする原告の主張はその前提としての右弁済行為の時期を明確にしないという点において既に排斥を免れないものである。

と陳べ、抗弁として

仮りに原告主張事実をすべて認め得るとしても被告はその差押を免れるべきことの情を知らないで本件弁済を受けたものであるから、国税徴収法第十五条但書の規定により右弁済行為の取消を受けるべきでないと述べた。

立証<省略>

理由

一、昭和二十九年九月三十日から同三十一年十一月二十一日迄の間に訴外会社が本件弁済をなした事実

証人安藤の証言により真正の成立を認める甲第三号証によれば、訴外会社が昭和二十九年四月一日から同三十年三月三十一日迄の事業年度分の法人税の中間申告書に添付した貸借対照表及び財産目録において昭和二十九年九月三十日現在被告が訴外会社に対し借入金及び未払金名義で合計金三百十七万三千九百八十三円の額の債権を有する旨記載されていることを、又当裁判所が真正の成立を認める甲第四号証の一及び三(いずれも大蔵事務官作成の質問てん末書)によれば訴外会社の代表取締役である被告は大蔵事務官に対し右貸借対照表及び財産目録の記載は架空でないこと及びそれに表示された前記被告の債権は木を売つた金等で昭和三十一年十一月二十二日現在既に弁済を受けている旨供述していることをそれぞれ認め得る。そして右各事実を綜合すれば被告が昭和二十九年九月三十日から同三十一年十一月二十一日迄の間に本件弁済を受領した事実を容易に認定し得るのである。被告はその訴外会社に対して有していた債権は昭和二十九年九月三十日当時既に弁済により消滅しておりこの事実に反する右貸借対照表及び財産目録等の記載は真実に符合しない旨主張し、右主張に添う証人高辻、同田中の各証言、被告本人の供述及び右高辻の証言により同人の作成したものであることを認める乙第二号証の記載内容があるがそれらは前記甲号各証、当裁判所が真正の成立を認める同第六号証(大蔵事務官作成の質問てん末書)、証人見尾及び同安藤の各証言に徴しにわかに措信し難く他に被告の右主張を裏づける証拠はない。よつてこの点に関しては原告主張の通り昭和二十九年九月三十日から同三十一年十一月二十一日迄の間に本件弁済が行われたものと認めるのを相当とする。

二、本件弁済行為が詐害行為となること

甲第一号証は税務署に保管せられた法人税徴収簿であつて当裁判所が真正の成立を認めるものであるが

1(イ)  同号証の五の二によれば訴外会社は昭和二十八年度法人税につき別表(一)記載の額を滞納し、いずれも昭和二十九年九月三十日以前において完納を督促せられていること

(ロ)  同号証の四の二によれば訴外会社は昭和二十九年度法人税につき別表(一)記載の額の確定申告を昭和二十九年九月三十日以前にしていること

(ハ)  同号証の一の十の二によれば訴外会社は昭和二十八年度源泉所得税につき別表(一)記載の額を滞納し昭和二十九年四月三十日完納を督促せられていること

をそれぞれ認め得るのであつて、この事実によれば訴外会社は昭和二十九年九月三十日当時右各本税に別表(一)記載の額の各附帯税を加算した合計金百十三万九千二百十円の額の租税債務を負担していることを知つていたものというべきである。

2(イ)  甲第一号証の四の二、同第五号証の一及び二、及び証人真野の証言を綜合すれば、訴外会社は右昭和二十九年度分の確定申告にかかる法人税につき更正及び再更正を受けた結果その負担する追徴税及び各種附帯税の額が昭和二十九年九月三十日現在で別表(二)記載の通りとなつたこと

(ロ)  同号証の九の二によれば訴外会社は昭和二十九年度源泉所得税につき別表目記載の額を滞納し、昭和二十九年十一月六日その完納を督促せられたこと

をそれぞれ認め得る。ところで租税債権はその税額につき申告しもしくは更正、再更正の通知を受け、又は督促があつたことによつてはじめて発生するものではなく、法人が事業活動を行うに当り、所得を生じもしくは給与の支払をなす都度発生するものでありその額は所得もしくは給与の額に応じ法定の率(例えば昭和二十六年法律第二七四号法人税法の一部を改正する法律によれば百分の四十二)に従い自働的に算定せらるべきものである。故に法人はいやしくも自己の活動によつて所得を生じもしくは給与を支払つた以上後に至つて確定すべき租税の額を当初から知り得る状態にあるものと謂わねばならない。してみると訴外会社は右(イ)及び(ロ)の額の租税債権の存在を昭和二十九年九月三十日当時知り得たものと解するのが相当である。

3  前記甲第三号証によると昭和二十九年九月三十日現在における訴外会社の資産内容は総資産から総負債を差引いた残金が僅かに金八十四万六千五百八十九円に過ぎないことを認め得る。このことと右1及び2に認定した事実、即ち訴外会社が知りもしくは知り得べかりし租税債権の額が合計金二百五十五万六千五百九十円に上ることを対比するならば、もし訴外会社にして被告に対し負担する前記金三百十七万三千九百八十三円の額の債権を弁済するときは租税額の担保たる一般財産の減少を来し国税徴収のための財産差押を免れるに至るべきことを昭和二十九年九月三十日当時訴外会社が知つていたことは一見明瞭な事実となるのである。而して訴外会社は甲第一号証の四の二によれば昭和二十八年度法人税の本税として同二十九年十一月六日金十万円、同年十二月七日金十万七千七百八十九円、同三十年一月三十一日金二十二万八千二百六十八円を同号証の一の九の一によれば昭和二十八年度源泉所得の本税として同三十年一月三十一日金十三万七千二百九十円同年同月同日金三万四千二百五十円を各納付しているから仮りに本件弁済の時期が右最終納付日である昭和三十年一月三十一日以後であつたとすればその当時訴外会社が知りもしくは知り得る租税債権の額は前記二百五十五万六千五百九十円に昭和二十九年十月一日以降の利子税及び延滞加算税を加算したものから右納付金額を除算したものとなるのであるが、その額によるもなお前記余剰資産額を遥かに越えること明白であるから本件弁済行為の時期が右最終納付日の前であるか後であるかにかかわりなく訴外会社は差押を免れることを知りつつ右弁済をなしたものといわざるを得ない。

4  被告は昭和二十九年九月三十日当時訴外会社が知つていた租税債権の額は六十五万九千百四十円に過ぎず、而も当時話外会社は時価合計金六十万円に相当する車輌及び備品を差押えていたから右租税債権はほゞ徴収を担保されていた旨主張するけれども当時発生していた租税債権の額は前認定の通りであるし、当裁判所が真正の成立を認める甲第二号証の二及び三(いずれも大蔵事務官作成の差押調書)と証人見尾、同豊島の各証言とを綜合すると原告が差押えた物件はニツサントラツク一台(差押年月日昭和二十九年六月二十三日)応接用セツト等事務用品及び軽自動車一台(差押年月日昭和三十年五月二十六日)で、その価格は合計して約金五十万円であることが認められるから、仮りに本件弁済が右最終の差押日である昭和三十年五月二十六日以後になされたものとしても当時の租額を担保するに充分な物件を原告が確保していたとは考えられない。又被告は原告が本件弁済の日につきその更正の通知の前か後かを明確にしない点を攻撃するけれどもその当を得ないことは右2に説示するところにより明白である。

三、被告は訴外会社から情を知らないで本件弁済を受領した旨抗弁するけれども被告が訴外会社の代表取締役であること前認定の通りであるから特別の事情がない限り右抗弁を容れるに由なく且つ右特別の事情は本件全証拠によるも之を認め得ない。

よつて右抗弁を排斥する。

四、昭和二十九年九月三十日現在における訴外会社の滞納税額は前記の通り金二百五十五万六千五百九十円であるが、前記のその後収納した分を除算し、その後の利子税及び延滞加算税を加算するときは、昭和三十一年十一月二十一日現在の滞納額は別表(三)記載の通り金二百四十万三千五百八十三円となるのであつてこの額も亦訴外会社が本件弁済行為の当時知り得たものである。而して本件弁済が詐害行為にあたることは前認定の通りであるから、右昭和三十一年十一月二十一日現在を基準として右租税額の範囲内で本件弁済行為の取消を求め、併せて被告が右弁済の受領により原告に対して与えた損害の賠償として右税額相当金二百四十万三千五百八十三円と、之に対する右弁済受領の翌日以後である昭和三十一年十一月二十二日以降完済迄法定利率年五分の割合による遅延損害金との支払を求める原告の本訴請求は理由がある。

よつて右請求を認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 入江教夫)

別表(一)(二)(三)<省略>

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